妻がうつ病となり家事ができない状態です。離婚はできないのでしょうか。
弁護士の回答
① うつ病それ自体で直ちに離婚を行うことは難しい場合があります。
② うつ病が強度の精神病といえる場合でも、離婚後の生活について具体的な方策を講じていることが必要となるでしょう。
③ 婚姻を継続し難い重大な事由として、うつ病の事由と合わせて様々な事情を主張していくことが大切となるでしょう。
④ ご自身でも無理はなさらず、様々な機関に相談をしておきましょう。
厚生労働省などによれば、日本では、100人に約6人の割合でうつ病を経験しているといった調査結果があるそうです。
うつ病は、気分障害の一つで、一日中気分が落ち込んでいる、眠れない、食欲がないといった症状があらわれていくといわれています。
配偶者がこのような状態となってしまった場合には、家事や仕事ができなくなり、何とか助けてあげたいと行動してもなかなかうまくいかないといった話がなされることがありえます。
毎日のように落ち込んでしまっていた、子どもへの影響や今後の生活のことを考えて、離婚といったことを考えてしまうことがあるかもしれません。
この記事では、離婚問題という観点から、うつ病を理由とした離婚が認められるのかどうかといった解説をさせていただきます。
もっとも、本来は、うつ病かなと思った場合には、素人判断はせずに、総合病院の精神科、心療内科、クリニックなどを受診し、精神医学などから改善が見込まれないかを検討することが必要でしょう。
配偶者がうつ病で結婚生活を続けることができない状態といった場合には、サポートする側の心身に大きな負担となっており、ケアが必要である場合が存在します。
相手方に加えて、離婚を考えられているご本人様も医療機関、カウンセラーなどの様々な方からの相談、支援を受けることが大切となってくるかと思います。
1 離婚の手続きとは
離婚を行う手続きとしては、協議離婚、調停離婚、裁判離婚といった流れを辿ることとなります。
うつ病などとなっていたとしても意思能力が喪失しているとは限らず、離婚合意ができるだけの判断能力がある場合には、離婚の合意は有効なものと考えられます。
したがって、当事者の間にて離婚の合意を締結できるかどうかがまずは大きなポイントとなるでしょう。
当事者での合意が困難であるといった場合には、離婚原因と呼ばれる裁判上で離婚が認められる事由があるかを検討していくことなります。
2 離婚原因 強度の精神病で離婚が認められる場合とは
民法の離婚の原因として一定の理由があった場合には、離婚の訴えを提起することができるとする規定が設けられています。
その中に、民法770条1項4号という条項があり、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」には、婚姻関係が破綻しているものとして、離婚の請求をすることができるものとしています。
これは、相手方が強度で、回復しがたいほどの精神病となった場合には、夫婦での協力扶助義務を大きく超えて保護をしなければならない可能性があり、夫婦であったとしても、当事者の意思、能力を無視して、その扶助能力をこえてまでの保護を強制することは妥当ではないため、離婚を認めるといった制度となっています。
精神病離婚が認められる場合とは
① 強度の精神病であること
② 回復の見込みがないこと
が要件とされています。
もっとも、強度の精神病であった場合に、離婚されてしまうと監護をする者がいなくなってしまい、病気を持っている者に対して酷な結果となってしまいます。
そのため最高裁昭和33年7月25日判決によれば、単に夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきではなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じて、ある程度において、その前途、方途の見込みについてうえで、なければ、ただちに離婚㊞関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚請求は許さない法意であることを示しました。
最高裁としては、強度の精神病を負っている者について、その保護の方策が具体的に定まっていなければ直ちには離婚を認めないとの考え方を持っているものと解されます。
そして、最高裁昭和45年11月24日判決によれば、
・妻の実家の状況として、夫の支出をあてにしなければ療養費にかけるといった資産状態ではないこと
・夫には生活に余裕がなく、過去の療養費について後見人と分割支払いを行っていたこと
・将来の療養費について可能な限り支払いをする意思があること
・夫婦の子どもの面倒を見ているなどを理由にして、具体的方策を講じているとして離婚請求を認めた事案も存在します。
強度の精神病を負っている者に対して、入院治療の支援、福祉事務所や病院からの内諾など具体的方途を用意しているかといった点が大切となってくるでしょう。
なお、強度の精神病に罹患し、成年後見開始の要件などを満たす状況にあるのに、成年後見開始決定を得ていない状態で配偶者に対して離婚を証を提起する場合には、まず成年後見開始の決定を得て、成年後見人または成年後見監督人を被告として訴えを提起すべきことなります。
3 強度の精神病にうつ病は含まれるのか
精神病離婚の対象となる精神病とは、統合失調症、躁うつ病などの高度の精神病をいい、アルコール中毒、ヒステリー、認知症などは強度の精神病に該当しないと考えられています。
強度の精神病とは、必ずしもその夫婦間の精神的共同が完全に失われていること、あるいは精神病の配偶者が心神喪失の状態にあることを意味するものではなく、
その精神障害の程度が婚姻の本質というべき夫婦の相互協力義務、精神的生活に対する協力扶助義務を十分に果たし得ないか否かによって判断されます(長崎地裁昭和42年9月5日判決)。
これは医師による鑑定などを踏まえて、裁判所の自由な心証で法律的判断がなされます。
うつ病についてもその診断の内容によってさまざまなではありますが、直ちに強度の精神病に当たるかについては判断が分かれることとなるでしょう。
4 婚姻を継続し難い重大な事情 5号として主張される場合
民法770条1項5号には、その他婚姻を継続し難い重大な事由があるときには、離婚を請求することができるものと定めています。
うつ病などの精神疾患に対して、強度の精神病といえないとしても、婚姻を継続し難い重大な事由として主張をしていくことがあり得るでしょう。
統合失調症の事例ではありますが、東京高裁昭和57年8月31日判決によれば、妻が統合失調症に罹患しているが、それが強度で回復の見込みがないとは認められず770条1項4号の離婚には該当しないが、妻の粗暴で家庭的でない言動に破綻の原因があるとして、民法770条1項5号に該当するといった事例が存在します。
もっとも、うつ病であったからといって直ちに婚姻を継続し難い重大な事由があるといえるわけではありません。
名古屋高裁平成20年4月8日判決によれば、平成14年の結婚し、子どもが生まれた夫婦であったものの、平成15年に夫の実家に近いアパートに転居し、夫の母から妻に退位する過剰な干渉によって妻が精神的に不安定となり、平成16年には、うつ病による抑うつ状態と診断された事案で、現実的な話し合いをすることができず、4か月の別居の後に平成17年に離婚調停が申立てあれた事案において、
・夫と妻の交流は平成17年ころからほとんどない状態となり、
・妻は平成19年には、長男と共に妻の実家近くのマンションに転居するなど、
・妻と夫との婚姻関係は破綻に瀕しているとはいえる
しかし、・妻は、現在も婚姻関係を修復したいという真摯でそれなりの理由のある気持ちを有していること
・妻と夫は平成12年から平成16年まで3年余りの期間同居をしていること
・同居期間中少なくとも夫は、妻に対して大きな不満を抱くことなく円満に夫婦共同生活を営んでいたこと
などを踏まえ
・今後の妻のうつ病が治癒し、あるいは妻の病状についての夫の理解が深まれば、妻と夫の婚姻関係が改善することも期待できるところである。
・以上の諸事情を考慮すれば、妻と夫との間には、現時点ではいまだ破綻しているまではいえないと判断し、婚姻関係を継続し難い重大な事由があるとは認められないとの判断がなされました。
5 まとめ
うつ病といった場合には、強度の精神病といった観点や婚姻関係を継続し難い重大な事情といった観点から検討がなされますが、病名があるからといって直ちに離婚に至れるものではないといったことが現状といえるでしょう。
そのため、うつ病といった病名のみならず、その他の婚姻関係に現れた事情を踏まえて、なぜ客観的にみて婚姻関係の継続が困難といえるのか、婚姻関係が破綻しているといえるのかといったことを証拠によって立証していくことが大切となってくるでしょう。
現在の夫婦関係において、うつ病とはどのような状態であるのかを診断書で裏付けられるか、治療の履歴やその他に婚姻関係を継続し難いと考えらえる事情はどのようなものであるのかを弁護士と共に相談していくとよいでしょう。
離婚においては、様々な事項が問題となりますので、弁護士に相談しておくことをお勧めいたします。
大阪弁護士会所属。立命館大学法学部卒・神戸大学法科大学院卒。数多くの浮気不倫問題、離婚問題を取り扱っている弁護士。関西地域にて地域密着型法律事務所を設立。