浮気をした夫が生活を渡してくれません。【審判前の保全処分とは?】
(設例・想定事例)
自営業の夫の帰りが遅くなり、はじめは仕事が忙しいと思っていたのですが、いままでは家でそのまま出ていたアイフォンの電話に隠れて出るようになり浮気を疑うようになりました。仕事で夜帰れないとして外泊もするようになりました。GPSで携帯電話を探す機能などを利用して、友人の助けを借りて張り込みをしていたところ、ホテルから女性と出てくるところを動画で押さえることができました。浮気をしていることを追及すると逆切れをして、誰のおかげで生活をしていけるのかといった話になりません。離婚調停で進めると伝えたのですが、離婚するのだから生活費は渡せないとして婚姻費用の支払を拒否しています。離婚がすんなりと進むとは思えず、離婚するまでの間、生活費を支払ってもらえないと生活が苦しくなってしまいます。離婚調停の中でできるだけ早く婚姻費用の支払いを求めることはできないのでしょうか。
弁護士の回答
① 離婚調停と合わせて婚姻費用分担の調停を行っている場合には、まず、算定表上の婚姻費用の仮払いをする中間合意を利用することで支払いを求めていくといったことが考えられます。
② 審判前の保全処分、調停前の処分を利用し、保全処分により早期の支払いを求めるという方法も存在します。
③ 離婚が成立した場合には、婚姻費用の分担金を受け取ることはできなくなりますので、離婚後の生活をどのようにして行っていくのかのプランニングを立てておきましょう。
1 婚姻費用分担の分担について
(1) 婚姻費用分担請求は認められると思われる。
民法760条は、夫婦は、その資産、収入、その他一切の事情を考慮して、婚姻から生じる費用を分担することの規定がなされており、同居をしていて生活費を渡さない場合や別居に至っていた場合には、婚姻費用の請求を行っていくことができると考えられます。また、本件では、有責配偶者は夫側であり、離婚調停の申立てを行ったとの事情があったとしても、夫婦関係が存在する以上は、こちら側の婚姻費用の支払いを求めていくことができると考えられるでしょう。
(2) 婚姻費用算定上の注意点
婚姻費用の金額の算定は、「算定表(令和元年に新しいバージョンが裁判所より出されています。)を利用してそれぞれの基礎収入をもとにして算定を行っていくこととなるでしょう。本件では、自営業者であるため、総収入、基礎収入の算定には一定の注意が必要となる可能性があるでしょう。
自営業者については、確定申告書に記載されている「課税される所得金額」をもとにして算定されますが、多くの場合に、確定申告書の「所得金額」は税法上の観点から控除がなされて結果であること、専従者給与分などについて実際に支払われているかを確認しておくことなどが必要となってきます。また、経費などにより課税される所得金額を著しく低額で申請していることも考えられます。可能であれば、帳簿などからいかなる収入があり、いかなる経費が計上されているのかにも注意を払い、金額の算定を行っていくことがあるでしょう。
(3) 差押え財産の確保
自営業者の種類には、よりますがいざ裁判所できちんとした判断が下されたとしても強制執行先の財産を隠すといったことがあり得てしまいます。民事執行法の改正により情報開示制度などが設けられたものの、引き当てとなる財産を確保しておかないと財産隠匿などの危険性が存在すると考えられます。集められるだけの資料を集め、強制執行ができる財産にはどのようなものがあるのかを確認しておきましょう。
2 婚姻費用分担調停の流れについて
(1)婚姻費用分担の調停の申立てを行っておく
婚姻費用については、過去分についても一定程度は支払いが認められる場合があります。
しかし、実務的には、調停の申立時点からの婚姻費用の支払いが認められるといったパターンが多いでしょう。そのため、生活費の未払い、婚姻費用の支払いがとまったのであれば、離婚調停のみならず、早期に婚姻費用分担の調停を申し立てておくことが大切となってきます。
婚姻費用分担の調停を申し立てるために必要な資料については、家庭裁判所での受付やホームページなどでも教えてもらえることがありますが、概ね下記のようなものとなっています。
① 申立書、申立書の写し1通
② 夫婦の戸籍謄本
③ 申立人の収入資料(源泉徴収票、課税証明書、確定申告書の写し)
課税証明書、非課税証明書については、市役所で取得ができます。
相手方である夫の収入資料は必ずしも必須ではないでしょうが、いかなる金額となるのかを算定するため、申立前に過去2年程度の課税証明書などを取得できていることが望ましいでしょう。
④ 事情説明書等(裁判所によって異なります)。
⑤ 収入印紙1200円
⑥ 予納郵券(各家庭裁判所によって定められた金額が異なります。数千円程度が多いでしょう。)
(2)婚姻費用分担調停の流れ
婚姻費用分担の調停では、それぞれ調停委員から別室などで主張が聞かれ、収入資料や婚姻費用の支払いを求める理由や支払えない事情、算定表と異なる金額を求める場合には、算定表を適用することが衡平に反するといえる具体的事情、証拠などを聞かれることがあり得ます。
調停の時間はおおよそ2~3時間程度であり、30分ごとに相互から話を聞くため、1回目の期日で終わることは少ない印象です。離婚調停も併せて議論がなされるのであれば、離婚についてのそれぞれの主張の確認も行っていくため、なかなか話がまとまっていかないことがあり得てしまうでしょう。
(3)家庭裁判所に仮払い、中間合意を求めていく
離婚調停では、感情的な対立が激しい、自営業者であり算定が直ちにできないなどの事情によってすぐに婚姻費用の金額が定まらないとしても、双方の課税証明書などを参照し、仮に婚姻費用の支払いを定めるとすればいくらになるのか、仮払いを受けなければ生活が困難になっていくなどを主張し、仮払いについて中間合意を求めていくことがあり得ます。
中間合意とは、当事者間で問題となっている事項について、争点について一定の事項について当事者であらかじめ合意を行うといわれています。離婚調停などは、親権、財産分与、慰謝料、年金分割、面会交流など争点は多岐にわたり、それぞれについてを一度に合意に至ることは難しいため、話し合いが進んでいくなかで一定の事項については合意を行っていくことがあり得ます。そして、調停期日の調書において、中間合意の内容を記載をしてもらうことによって、のちに、審判の手続きに移行した際に、裁判官から、中間合意に対して違反を行った理由の確認を行ってもらうなど、事実上の圧力を加えるといったことが考えらえるでしょう。
したがって、仮払いについて、一定金額を定めてもらえるよう、交渉を行っていくことが大切となってくるでしょう。
なお、仮払いについては、あくまで仮のものであるため、審判などの段階で金額で異なる判断が出される可能性がある点には注意が必要です。婚姻費用についてもらいすぎていた場合などの場合には、清算方法で問題となってくることがあり得るでしょう。算定表の範囲内で金額を定めておくといったほうが無難となるでしょう。
(4) 調停前の処分
当事者に申立権はないのですが、調停委員会又は裁判官は職権で、調停前の処分を行うことができます(家事事件手続法266条1項)。強制執行をすることはできないものの、調停前の処分を命じられた当事者又は利害関係人は、正当な理由なく、その命令に従わないときには、10万円以下の過料に処される場合があります。現実にあまり過料となるまでのケースは少ないでしょうが、事実上の強制力を持って行われることがあり得るでしょう。
(5)審判前の保全処分とは何か。
婚姻費用分担請求審判の申立てと合わせて、婚姻費用分担請求の審判前の保全処分といった保全処分(家事事件手続法106条)を求めていくことが考えられます。審判前の保全処分とはなっているものの、婚姻費用分担に関する処分などは家事調停の申立てがあった段階で保全の処分を行うことができることとなります(家事事件手続法105条)。
婚姻費用の審判前の保全処分としては、①婚姻費用が認容される蓋然性があること、②保全の必要性があることの疎明が必要となってきます。
3 まとめ
離婚調停、婚姻費用については多くの争点があり、個人での対応が困難な場合が存在します。自営業者などの場合には、感情的な対立のみならず、収入金額をいくらとするのか、財産分与の算定などで正確な算定が難しいとの特性もあるでしょう。天王寺総合法律事務所には、離婚紛争に取り組む弁護士が所属しておりますので、離婚調停、婚姻費用調停などでご依頼がある場合には、ぜひお気軽にお問い合わせください。
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大阪弁護士会所属。立命館大学法学部卒・神戸大学法科大学院卒。数多くの浮気不倫問題、離婚問題を取り扱っている弁護士。関西地域にて地域密着型法律事務所を設立。